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設定が私の生まれる前なので、もう少しあとが良かったんだけど、でもかすかな記憶に残る昭和の懐かしさがしんしん染みて、子供に帰ったようでした。
電柱が木で出来てたし、ドアはほとんどの家が引き戸だったし、肉屋、魚屋、八百屋って分かれていてスーパーってあったのかよく覚えていない。
ヤマダ電機もコジマ電機もドンキホーテもなかったから、電化製品は町の電気屋さんで買っていたし、アタシは小さい頃、愛想の良い母のおかげでずいぶん可愛がられて色々な物やおまけをしてくれたのを覚えている。
タイムマシンがあったら絶対に行きたいのは「過去」かもしんない。
本当の性格は「未来」を知って心の準備をするタイプだけど、弱ってる時は何だか子供の頃に帰りたいなぁ~・・・とついつい思ってしまう。
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明日は昭島で譲渡会。
東京のメンバーとして絶対に行きたかったけど、空くんとお留守番です。
空くん、頑張っています。
本当に厳しい状況だけど、先生も一生懸命です。
奇跡を起こしたい・・・
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具合が悪くご紹介が遅れましたが、1週間前に山梨から保護されお預かりした白キジ三兄弟。もしかして今年最後の仔猫のお預かりかな?って気合が入って、自分の好きな空・海・月と名前を付けた。
保護当時から元気が無く、食べてくれない子達・・・・
うーんとあの手この手で何とか500g~450gまで持っていき、横浜の譲渡会では息子から自分で食べてると報告を受けて胸をなでおろした・・・・・・・・・・
のもつかの間・・・・・・
坂を転げ落ちるように、具合が悪くなり、毎日輸液、インターフェロン。一番具合の悪い海くんは山梨の病院へ夜に搬送、即入院。毎日、朝晩の輸液通いでとても痛そうに泣く空君と月君。
今朝、海君は山梨の病院で・・・・
月君はお昼前に朝から私が抱いていた腕の中で・・・・・・
ホントに短い生涯を終えた。
痛いことばかりしてごめんね。月君は私に抱かれて一度大きく泣き意識が遠のいた。
何をしてもどんなにしても悔いは残る。これで良かったのかって思いは常にある。
幸せにしてあげられなくて、本当にごめんね。
空君・・・・・まだ、頑張ってって言ってもいい?
写真は月君 享年生後1ヶ月半
今日、そのことでもう14年になるお付き合いの友達から電話があり、風の噂で「なっちゃんがとっても楽しく通っているって何人もの人に聞いて、私ね・・・本当に嬉しかったの。良かったね、頑張ったもんね、お母さんへのご褒美だね。辛い事も色々あったけど、それを乗り越えて本当にえらかったね。」
・・・・・・・・・。
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アタシは本当にやっかいで、実は痛みにも苦労にも弱そうで強い所がある。
例えば、小学校のかけっこで転んで血だらけになっても、顔をゆがめたりする事もなく、案外平気なんだけど、そこにとても優しい人が「大丈夫?痛くない?一緒に保健室に行ってあげるよ!」とか言われちゃうと、痛いからじゃなくて、何だか気持ちがゆるんで泣いてしまうタイプ。
もちろん、その電話でも号泣(^-^;
今までに大きな病気も怪我もして、そのまんま入院っつーのもあったり、あと少し遅れてたら死んでたとか言われても、(ふーん・・・)って思ったり、2回初期の癌になっても、ま、すぐ切除して(へ~癌かぁ~・・・)とか、不思議なのだけどあんまり驚かない自分がいる。どちらかと言うと、親や兄がアタシが癌だって大騒ぎして号泣して親戚中に電話して・・・(゚-゚;)ヾ(-_-;) オイオイ... だからまだ死んでないっつーの!って思うくらい平気だし、かっこつけてるわけでもなく、きっと手遅れでも同じじゃないかと思う変な所がある。まぁ持病の貧血で何回倒れたかわかんないくらい道端に寝てしまうこともウン十回。その時は苦しいけど誰にも発見されずにまた起き上がり歩く事の方が多い(* ̄m ̄)ぷっ
でもアタシのやっかいな所は、家族をはじめ、友達でもニュースの事件でも、そして猫でも何でもかんでも胸が痛くなるとかなりへこんでしまう根性なしでダメージが大きく、いつまでも立ち上がれないタイプ。
だから、猫の保護の手伝いを始めて、やっぱりyuuさんにかなわない・・・っていうか、尊敬するのは誰でも難病の猫を看取るのは辛い。けど、それをかって出てyuuさんはその子が少しでも食べてくれるように最大の工夫をし、同じ痛みを共感しながらその一番辛い看取るという事が出来る人。
・・・っていうか、そういう状況にどうしてもなってしまうって本人は言いそうだけど、アタシは本当はそれは苦しいのをよく知っているし、それでも気持ちを切り替えて譲渡会や保護に走らなければいけないのだけど、そこがやっぱすごい。
アタシは夜逃げ屋敷の仔猫たちの時もそうだし、子供の頃から飼った動物の小鳥のひな1羽にいたるまで、強烈に「死」を覚えている。いまだにそれはもしかして、ああすれば死ななかったんじゃないかとか、自分のここが悪かったんじゃないかとか、とっても恥ずかしくて馬鹿じゃないの?って言われそうなくらい色々な事を抱え込んでしまうやっかいな所がある。
パルボで亡くした友くんの亡骸にすがり「ごめんね、ごめんね、助けられなくてごめんね」って半日号泣していて亡骸をずっとなでているぐらい実はへこんでしまう。
だから、きっとこういう保護も本当は向いていないのかもしれないし、親の介護も娘の介護もいつか恐ろしいぐらい泣きそうな気がして、そういう気持ちになりたくないから自分が一番先に死にたかったりする。
でも、それはやっぱり自分が悲しみたくないっていう自分の言い分であって、そこで保護の手をやめたりしたら(介護はやめられんけど(^-^;)また不幸な子が増えるんだし、1匹でも助けてやりたい心からそう思うからふんばろうとするけど、家族はそういう半狂乱で悲しむ姿を見ると、たまらないっていう気持ちと馬鹿かお前はの半々みたいで、それは実はフィクションのドラマでも渡る世間は鬼ばかりのお母さんが死んだのを見て、すさまじい号泣をし感情移入してしまい仕事にならなかった経験がある。
ようは自分の死より好きな人の死がきっと受け止められない弱い性格で、友達でも何でもだからすごく長生きしてくれないと困ると思っているやっかいな自分。甘ったれなんだと思うけど、アタシの知り合いたちーー!!!
絶対、長生きしてよーーーっっっ!!!
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今日は、はなぼんのおかんさんのご尽力により横浜磯子区の譲渡会でした。
すごく嬉しかったのは、高原さんにお会いできた事、そしてもちろん、もうはなぼんのおかんさんや八王子にもいらしてくださったSさん、案外家が近かったBさん、お名前だけ知っていたメンバーのCさん、沢山の物資や差し入れをしてくださり駆けつけてくれた方など、またもや第二のオフ会みたいで寒くてもすごーい楽しかったです。
そして・・・そして・・・
ずっとメールのやり取りで仔猫をお探しのKさんとお会いして、miriちゃんの神くんがお試しスタートになりました!!
Kさんのお宅にもミニチュアダックスがいて、もうすっかりワンちゃんとは仲良しになり、先住猫ちゃんとはまだフーシャーだそうですが、とりあえずトライアルスタートとして、ワンちゃんがお気に召していただけたのが一安心。あとは猫ちゃん同士がどうかな~?
とっても優しいKさん、メールとお写真を早速送ってくださいました。Kさん、様子を見てよろしくお願いします。
お風邪をめしているのに遠くからありがとうございましたm(_ _"m)ペコリ
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うーん、もう何件断られたか正確には覚えていないけど、10件ぐらいかなぁ~?
「そんなもん、書けない」
だって法律で知的障害の診断書は精神科医が記入するって書いてあるのに、それってさー診療拒否なわけ?って憤りも通り越して、そんじゃあどうすればいいのよっ!!(-”-;)って呆れてた。
その先生は小さなクリニックで、お一人で患者さんを看ておられ、待合室にはこの人どこが悪いんだろう?って思う人ばかりで、娘を椅子に座らせて待たせていたら奇声はあげるわ、跳ねまわるわ、独り言の連発でまさに回りの雰囲気は見てはいけないものを見たみたいな「本物が来た」状態だった(* ̄m ̄)ぷっ
ま、そんなのは慣れてるから、そうやってチラチラ見ないでじーっと見たら?って言いたくもなるんだけど、娘は医者嫌いだから私一人の時に大暴れされたらそれこそ困るので、お買い物に来たということにしてあるので、何を買おうかな?パンかな?お菓子かな?と私も独り言っつーか、娘に話しかけているんだけど、どっちが患者かわからないような状態で1時間待たされた。
順番が来て、開口一番「頼まれたけど、君が最後。席は1つ。あとは看れないから、そう園長に言ってね。」
・・・・・・・・・・( ☉_☉)なんじゃそりゃ!?
それにはyesともnoとも言わずに、「すみません!よろしくお願いします!!」と問診の開始。
さすがに元梅○○の副院長で、あそこは自閉症の専門だから、説明も少しですぐわかってくれるし、そのアドバイスも的確だし、「うーーん・・・・ちょっと重いね、この子は・・・。」ほおぉ~ちゃんとした先生のそしてきっと今まで色々な子供を看て来た結果だから、すごいなぁって思った。
大学でも休診日に教壇に立ってらっしゃるらしい・・・。
でも・・・
これから医者になる人たちに、この分野を教えてくれる貴重な先生で本当に立派なのだけど、断られた医者も含め、今までかかった医者も含め、まずは「人を助ける」っていうことを理解して欲しいなとつくづく思う。
もちろん、技術も大事なんだけど、知識も大事なんだけど、やっぱり心が無くっちゃ人が人を助ける事は本当の意味ではできないと思う。
結局、一度では駄目でまた来月に行くのだけど、知的障害児を持つお母さん!!
今のうちから病院探しをお勧めします。それはそれは時間のかかることで、ハンデのある子を看てくれる病院の限られてる事ったらありゃしない。どこかでかかりつけになってどうか20歳までは通うことをお勧めします。
でも、これで少し安心して明日は横浜の譲渡会に飛ぶぞ~~っつーKAZUにポチッと応援お願いします。
アタシの大ッ嫌いな某東京都知事の四男が公費を使いヨーロッパに行っていたそうな。
アタシはそれよりも前から、この某○○軍団がバックに入る男尊女卑男のババアはいらない発言やら、障害者の「自分が何なのかもわかんないやつの意見聞いてもしょうがねえ」とか、数々のお前が爆弾なんだよっ!!って言いたい馬鹿男にこれ以上血税を払うのが本当に馬鹿馬鹿しいのだけどまたとんでもない事を言ってアタシをまた燃えさせてくれた。
「いじめにあって、死ぬとか手紙を出すなんて、甘ったれてるんだよ!!」とのたまいた・・・(◎_◎)
しかも「だいたい、いじめられるやつは甘ったれだからね」と耳を疑いたくなるこのワンマン男に本当に神の制裁はないのかと、こんなやつに投票したアホは誰じゃと声を大にして言いたい気分なのだ。
実は私は小学校1年生から6年生までいじめにあっていた。
理由は、家が貧乏だから・・・だった。
貧乏なのは本当の話で、それでも普通の貧乏ぐらいかなぁ?と思っていたら最近色んな友達と話していくうちに、結構ウルトラ級の貧乏だったような気がしてきた・・・。
まず、コロッケとか一人一個食べてなかった。何でも大皿でどかんと出てくるのだけど、コロッケ3つを10人ぐらいで突付いて食べていたし、てんぷらと言えばある程度の野菜は入れるのだけど、確か「コンフリ」だか名前は忘れたが、アタシがしその葉とかその葉っぱを外に取りに行き揚げていた。
海老とか入っているてんぷらは大人になって初めて食べた。
昔のウチにとって海老とは、大正海老でもブラックタイガーでも、もしくは桜海老でもない。「かっぱえびせんだ」!!(♪やめられない、止まらない♪)
何でそんなに貧乏だったかというと、ウチの家族以外に10人兄妹の長男である父の嫁にいってない伯母たちと何だか知らないけど、頼まれるとほいほいと誰でもタダで下宿させちゃうお調子者の両親の生き方でそうなったわけであって、アタシは本当に常に大勢の家族と共に育っていった。
ある日、自転車でその時に流行っていたシールを買いに行こうという事になったが、アタシは自転車も買うお金もなく「行かれないの」と言ったのがきっかけで始まった。
女子全員無視。
でもここがアタシの本当に馬鹿な所なんだけど、無視されてるって気付くのがすんごい遅くて、アタシの声が聞こえないのかとしばらく勘違いして大声で話しかけていた。
はっきりと気付いたのは、4,5人のグループに集中してバスケットボールをぶつけられた事で疑問から確信に変わった。
「いつも同じ服を着ている」・・・そう言われて臭いとか汚いとかえんがちょと言われた。
確かに服は無く、春夏秋冬2枚づつしかなかったし、でもきちんと洗濯をしてくれて、しかも洋裁を内職でやっていた母の手作りで私は大のお気に入りだった。パジャマというシロモノも着たことがなかった。古い服で寝る。当たり前のようにあんまりそのことに感じなかった。
親にも先生にも言わなかった。子供ながらに言っても仕方の無い事だし、アタシが親に言えば無理やり洋服を泣きながら作る母親の姿なんて見たくなかったし、父親は学校に怒鳴り込むに決まっている。だって別に洋服が一杯欲しいってその時は思わなかったし(今は・・・欲しい、あはは)、シールもそんなに欲しいわけじゃない。
ただ、そういう皆と違うという事でボス的女の子が「制裁で無視しよう」って命令してらしい。
辛くなかったなんて言えば嘘になるし、今でもこんなにはっきり記憶に残っているんだから当時は苦しんだんだと思う。ただ、救われていたのは近くの男の子だけど幼馴染や違う学年の子と遊んだり、一緒に学校に行ったり、兄の友人がよく遊んでくれた。それが誰もいなくても学校にはうさぎもチャボもいつも動物と遊んだりして過ごした。だから休み時間が苦痛なはずだけど、それは無くかえってクラスに戻るのが嫌で仕方なかった。
帰り道に神社があるのだけど、そこで学校の帰りにガラガラガラ・・・と鳴らして(明日は良い事がありますように)そうやって過ごしていった。
結局、あんまり変わらなかったけど、子供ながらにこんな根性の女友達なんていらないっていう気持ちに変り、まぁ根っから明るいのだけが取り柄だから、他のクラスの子や転校生や男の子と笑って過ごせる気力もあり、それは今思えば、自分が強かったのでも何でもなく家に帰れば大勢の明るい家族が待っていて、犬も猫もにわとりも金魚も文鳥も待っていて、貧乏だって笑いの耐えない大好きなウチだったから、貧乏が嫌だ!っていう発想にはならなかった。しかも、その頃には引越ししてきた同じ貧乏仲間の女の子がいて、ウチの近くに都営の母子寮と言って母子家庭の建物があって、そこにはお風呂がついてなく、もちろん我が家も無いわけだから一緒に銭湯に通い、その友達と同じ中学に上がり虐めは全く無くなった。
虐めてた子も私がその割りに元気だからつまらないのだろう、どんどん暗い地味な中学生になって狭いグループで過ごしていて、私はどんどん友達が増えていって中学校は楽しく暮らすことができた。
某馬鹿都知事の言うように、甘ったれだから虐めにあうのではない。何でもないほんのちょっとしたことがきっかけで、それも自分ではどうしようもないことが多いのだ。それに従う意志の弱い子が大多数のグループにいたくてこういう事が起きる。アタシはたまたまこうやってその時期を乗り越えたけど、それも家の暖かさと違う学年の人たちに可愛がられた運の良さだし、今でも思うのだがそんなちっちえー根性の友達なんてアタシは要らないって思えた事と「友達は量より質!」それが何よりの心の支えでもあった。
甘えられれば親にも先生にも泣きついていただろうし、それが出来るならとっくにやってるよ!!
でもね、死んだら駄目だと思う。死んだら終わるし辛いのも終わるかもしれないけど、親になって感じた事は子供の死を経験するほど辛い事はないもん。それは虐めの百万倍ぐらい親が悲しい思いをする。大好きな家族が一生悲しむ事になるんだから、それだけは駄目だと思う。
笑う角には福来る、いつでも笑っていたらそのうち良い事もやってくるし自然に良い友達が出来るし、人の悪い所じゃなくて誰でも欠点があるから良い所を好きになる。だってアタシも欠点だらけのポンコツだもん。
よくこんなアバウトなアタシと付き合ってくれる友達たちにいつももうじわけない・・・ぐらい感謝してます。はい。
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(;¬∀¬)ハハハ…やっぱり3秒かからず寝てしまったようで・・・・・・
バザーは大盛況でアタシは食品部門でしたが、めでたく完売でした。もう14年も繰り返しているので、先輩・後輩・先生とも何とも不思議な絆で疲れるけど楽しい一日です。
バザーは10時の開店から常連のお客様など、ものすごい勢いでいらっしゃるので、最初の10分でメインの物はあっという間でした。しかし、季節外れの素麺などは、もう営業KAZUスペシャルで売りさばきます。
今回は責任者ということもあって、ちと緊張でしたが、無事完売した時はもうとにかくホッと一安心。
片付け・掃除と一段落したらば、我が娘の作品を買いに行きます。
でも、そこにたどりつくまで3歩あるけば知り合いに出会うので、1時間はかかるかしら(笑)
それは友達や娘の友達、先輩、ハンデがあるなしに関わらず、皆と笑顔で話せる貴重な一日でもありますので、とっても楽しいです。
最近は学生さんのボランティアも多く、単位取得の課題の一つともなっているようですが、だいたい1回して終わりではなく、ぜひ続けて参加することの意味も大切だから、お手伝いしていただきたいですね。もちろん単位の為でも何でもいいのだけど、最後には楽しんでもらいたい。本当にそう思います。
寒さが厳しい一日でしたが、何とか雨が降らずやれやれでした。
やっぱり・・・バザーの味方はお天気とお客様と・・・・・・
ババシャツです!!
もう、この行事は毎年、勤労感謝の日に行う「勤労感謝祭」と言い、ハンデのある子供たちの作品を自分たちで売ったり、各学部からは出店を出してお母さん手作りの食べ物や、地域の方々も出店に参加してくださり、施設の方ではものすごい規模のバザーを開催します。
娘は学校から作業所になったので、昔はおでんの責任者、ポスターを担当、ゴミ当番、様々な担当を経て、私の受け持ちも本格的にバザーの担当となり、ナント「食品部門責任者」とあいなりました(ただ売るのが明るくて営業向きと先輩方に言われ、こいつは会計は無理だと思われたんだと思います。その通りだし・・・)
普通、子供の学校の行事など、面倒だと思う方もおられるかもしれませんが、この施設に限っては楽しくて楽しくて仕方がありません。準備もそのあとのお茶とお菓子などの先輩の雑談に混じって(はい、作業所に移りましたら一番若い親になりました。めでたし、めでたし。)とにかく、皆さん明るいし可愛がってくださいます。
I姉さんは、姉さんだし、もう私の母みたいな方もいるし、軽い重いはあれ、ハンデのある子供とともに生きる親同士、あうんの気持ちの共有や長く一緒に同じところでいたから、もう他の子も兄弟のように育っている為、もうみーーんなが親戚のようです。
ま、でも体育会系が基本ですので、若輩者のアタシは、こま鼠の様にすばやく動き、働き蜂のように休む暇もなく、馬車馬のように働きます(*≧m≦*)ププッ
完売した時の喜びってかけがえなのない瞬間で、実は毎年完売します。もう30年もバザーをやっている先輩たちの知恵やコツが色々な所で一致団結し、その気持ちも毎年来て下さる常連のお客様があってこそなので、いかに優しい人たちに支えられている施設だなぁ~と寒さは厳しいけど、気持ちは暖かいです(o^-^o)
そして、このHPでも毎年送ってくださるきり丸さん。一年間集めてくださった物をこの時期に贈ってくださり、もう何年にもなります。お住まいが遠くお会いしてお礼を言えないのは残念ですが、でも何だかそばにいるみたいだし、優しい人から優しい人へ買って下さるお皿1枚でも何だか特別に感じます。
やっぱり元気で長生きしなくちゃって気持ちが姿勢もピンとなるのだけど、時にはお母様が死後三日で発見されたりとか、これはまさに他人事ではないのだけど、白骨化になるまでにはならないのが、この施設の年齢を越えた絆だと思います。きっと私が一ヶ月連絡無かったら、施設の先生はもちろん、友達も先輩も心配してくださるだろうし、腐らない前に発見してくれたらそれでOKです。
大好きな大好きなこの福祉園。法律に憤りを感じますが、これからもそれに負けず、戦いながら頑張ります!
お・・・そうそう、夏みかんちゃんもデモ行進参加したって、(●゚∀゚)●。_。)ウン ごめんよー行けなくて。
沢山の友達や一生懸命売り子をする子供たちと過ごす、勤労感謝の日。
働く喜びを楽しみながら頑張りたいと思います!!
ガンバッテイキマ━p(●^▽^●)q━ショイ!!
そうそう・・・・・・・・・
入荷したばかりの3匹の仔猫ちゃん。実は行き先がほぼ仮決定していたのですが、本日すばやくお渡しが終わり・・・(後日、その楽しいお話はお預けにして・・・)
ただいま、保護猫ゼロです!( ◎ Д ◎ )ホヘー
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